「さてと・・・」
部屋に戻り、簡単な食事の準備をする。
テーブルにお皿を並べ、ケーキを飾ってロウソクに灯を燈した。
小さなツリーと小さなケーキ。そして、キラキラ輝く異国のコイン。
ゆらゆら揺らめく灯りが、見慣れた部屋をささやかな非日常の空間に変身させる。
やけに眩しくとても暖かくて、そしてちょっぴり切ない風景だった。
そういえば、私の元にサンタさんが来てたのって、いつまでだったっけ・・・。
小さい頃は、どんなお願い事でもサンタさんが毎年叶えてくれた。
来年もサンタさんが来てくれるように、良い子でいようと頑張った。
でも、いつの間にか私も大人になって、素直な子供の心を失って。
そして、いつしかサンタさんは私の元に訪れなくなっていた。
サンタさん・・・。
もう私は、あの頃のような純粋な気持ちは持ち合わせていないけれど。
もしもお願いを叶えてくれるのなら、どうかカカシ先生が元気でここに戻ってこられますように・・・。
一日も早く無事に里に帰ってきてくれるのなら、後は何も望みません。
どうか先生の元にも、神のご加護をお授けください・・・。
コインを握り締め、そっと窓辺に近付いた。
少しだけカーテンを捲り、曇ったガラスを指で拭う。
細かな水滴の向こうに、十二月の星空が微かに瞬いて見えた。
「先生・・・、今頃どうしてい――」
カタッ――
突然、黒い闇が蠢き、ベランダが僅かに軋んでみえた。
(えっ!?な、なに!?)
咄嗟にカーテンの影に隠れ、僅かな隙間から必死に闇の奥向こうを探ってみるが何も見えない。
(ま、まさか、泥棒・・・?)
素早く気配を消して窓から離れると、クナイを手に取り、身を屈めて様子を窺った。
いる・・・。確かに何者かがベランダに身を潜めている。
ジリジリと壁伝いにベランダに近付く。
ギリリと武器を固く握り締めると、一気に窓ガラスを開け放った。
「――!!」
ベランダに向かい右手を突き出そうとした瞬間、手首をがっちりと掴まれた。
思わず大声を上げそうになると、今度は口を塞がれた。
闇にまだ目が慣れず、闇の中の不審者の顔がよく分からない。
「んぐっ・・・ぐぐぐっ・・・!」
必死になって敵の拘束を何とか振り払おうともがいていると、
「ちょっ、そんな騒ぐなって・・・。オレだよオレ」
ぬーっと、よくよく見知っている顔が目の前に現れた。
(へ・・・?)
カカシ先生・・・?
うそ・・・、なんで・・・?
なんでカカシ先生がここにいるの・・・?
「ただーいまっ!」
「・・・・・・」
「やーすまんすまん。驚かせちゃったか?」
「・・・・・・」
「ちゃんと玄関に廻るつもりだったんだけどさ、カーテン越しにサクラの顔が見えて、つい・・・」
「・・・・・・」
「声掛けようとしたら突然クナイが飛び出してきて、正直びびったぞ・・・。でもま、サクラもあれだけ咄嗟に動ければ大丈夫だな」
「・・・・・・」
「おーい。聞いてるかー?」
「・・・・・・」
なんなの、この展開・・・。
そりゃ確かについさっき『カカシ先生が早く帰ってきますように』ってお願いしたわよ。
えーえー、ばっちりお願いしましたとも。
で、もうそれが叶えられちゃった訳?まーさかー。
そんな、都合の良いことあるわけないでしょ。ないわよね?おとぎ話じゃあるまいし・・・。
「・・・・・・」
「サクラ・・・?」
偶然なんだと思う。
偶然に偶然が重なって、たまたま同じタイミングになっただけなんだと思う。
思うんだけど・・・、思うんだけど・・・。
あまりのタイミングの良さに、私は頭が混乱して嬉しいというよりも不審に思うほうが大きかった。
拘束が解かれても、疑わしい目付きでじろじろと、ずっとカカシ先生の顔を睨んだままだった。
「ど、どうした・・・?」
「・・・なんでカカシ先生がここにいるの?」
「え・・・、いちゃマズイの・・・?」
「そんな都合よく先生が帰ってくる訳ないのよ。だってそんな・・・、ただのケーキとコインでしょ・・・」
「は・・・?」
「だいたい、お願いした途端にベランダにヌーッと現れるなんて絶対おかしいわ。おまじないなんて所詮子供騙しに過ぎないのよ」
「おまじない?」
「そうよ。本物のカカシ先生はまだしばらくは里に帰れないって綱手様がおっしゃってたのよ。それなのに、こんな・・・」
「いや、それがさ・・・。なんだか急に帰れることになっちゃって」
「そうか!これは幻術の一種なのね。・・・くぅ、私とした事が、心の隙につけこまれるなんて。くそーっ、解っっ!!」
「な、何言ってんだよ。さっきから・・・。どこからどう見ても本物のオレでしょ」
「えぇー、なんで消えないのぉ!?こんなリアルに実体化できるなんて、あんた一体何者よーっ!」
「何者って・・・。サクラ、オレの顔忘れちゃったの・・・?」
信じたい気持ちと、信じられない気持ち。
もう頭の中がぐちゃぐちゃのパニック状態で、何を言ってるのか自分でも分からない。
本当は先生に逢えてとっても嬉しいのに、そんな簡単に信じちゃだめと警戒している自分がいる。
もしも素直に信じて、その途端にパッと先生が消えてしまったら・・・。
いや。そんなの絶対にいや。
どうしても目の前のカカシ先生を笑顔で迎える事ができない。
落胆するのが怖くて怖くて、素直に「お帰りなさい」がどうしても口にできない。
「なんだよー。せっかく頑張って任務切り上げてきたのに・・・」
カカシ先生が情けない顔をして、へたへたと脱力している。
思いっ切り気の抜けたその仕草。
あ・・・、やっぱり本物のカカシ先生なのかもしれないわ・・・。
「ね・・・、本当に、カカシ先生なの・・・?」
「だーから、さっきからそう言ってるだろうが」
「本当に?絶対?嘘じゃない?」
「・・・なんか、本物じゃない方がいいみたいだな」
「えっ、ち、違う!そんなつもりで言ったんじゃ・・・」
「あーあー。もういいよ・・・。サクラに逢いたくて逢いたくて、死ぬような思いして任務終わらせてさー。
やっとの事で里に帰って来たってのに、このザマだもんなー。オレのあの血の滲むような努力は、全くもって無駄だった訳か・・・」
「やだ、そうじゃないの。そうじゃなくて・・・」
「こんな事なら無理して帰って来なけりゃ良かった・・・」
ど、どうしよう・・・。
カカシ先生、完全に拗ねちゃった・・・。
「ごめんなさいごめんなさい。私が悪かったです。お願いだから機嫌直して」
「いーよいーよ。もう放っといてくれよ・・・」
「そんなぁ・・・。本当に本当にごめんなさい。ねぇ、こっち向いてってば」
「だから、もういいって・・・」
ベランダの隅っこでそっぽを向いて、カカシ先生がむくれちゃっている。
よくよく見ると背中の荷はまだ解かれてなくて、身体中土埃だらけで、顔や手の至る所に生傷がたくさんあった。
「真っ直ぐに・・・ここに来てくれたんだね。先生・・・」
「・・・・・・」
「私のところに・・・本当に一番に・・・」
「ああ・・・」
「カカシ先生」
「・・・・・・」
「お帰りなさい・・・」
フェンスにもたれる大きな身体をしっかりと抱き締めた。
薄着のまま夜風にずっとさらされて、身体が氷のように冷え切っている。
何時までもこんな所にいたんじゃ風邪引いちゃう。
渋る先生の腕を引っ張り、部屋の中に強引に招き入れた。